人生のイレギュラーさえも肯定して、楽しみたいひじり別府へ国内留学してみてどう?きょうこ別府に来たことは、大きかったかなっていう風には思ってて。環境を変えるっていうのも大きかったし、 SEKIYA.so来ていろんな生き方をしてらっしゃる方とかにも出会えました。自分の選択肢とか、視野みたいなのを広げられたから。私の人生自体が、いわゆるイレギュラーの生き方になってるけど、イレギュラーさえも肯定するっていうか、楽しみたいなっていう風に思えるようになったかなと思ってます。ひじりでも、環境を変えることを自分でできるって、素敵やね。意外とこう、動けんくなったりするもんかと思うけど。きょうこ2回目に休学した9月ごろに、地元近くに古民家を改装してコワーキングスペースを始める人がいて、その場所との出会いが1つ大きくて。人と出会える場所とか、共に何かするみたいな場所を作ってる人たちに出会えて、そういうのが好きやなっていう風に思えたんですよね。ひじりさっき言ってた、秋田のUGOHUBもそうだよね。うん。都心部よりも田舎にあるっていうのが私は魅力だと思ってて、羽後町のゲストハウスと大阪のコワーキングの2つとの出会いで共通点を見つけて、私はもうちょっと地方を見る選択をした方がいいんかなって思いました。何か観光資源とかを持っていてある程度の財政基盤があり、 地方として栄えてる場所にいた方がいいかなと思ってた時期に、大学からメールが来たのがAPUの交換留学で、これは乗るしかないみたいな。国内留学先の別府で魅せられた観光力の強さきょうこAPUに来たのは、別府に行きたかったのが理由です。地方でいろんな人に出会える場所作ってる人に会いたかったりとか、おもろいことやってる人に会いたいとか、そういうのが大きかった。ひじりなるほど。来てみてどう?どういうところが印象に残ってる?きょうこやっぱり1つは観光っていう財源をしっかり持ってることで、町の潤い方が全然違うなっていうのは秋田と比べてみてわかりました。もちろん秋田にもお店があったりとかするんですけど、もうちょっと奥に行ったらもう全然何もなかったりとか。別府って満遍なくどこでもこう、なんかの活動があったり、栄えてたりとか、やっぱり温泉があるからそのお金を元にできてることなんかなと。ひじりそうやね。圧倒的な資源があるからね。他にはなんかあった?きょうこうーん、 そうですね。印象に残ってるの。ご飯がおいしい!特にラーメンとかお魚とかがやっぱりめっちゃ美味しいです。その中でも、海鮮いづつさんとか、菊野屋っていうラーメン屋さん、甘味茶屋が美味しかったです。めっちゃ有名なところなんですけど。人生の一番しんどい時に「おかえり」を言ってくれる場所を作りたいひじりもうすぐ海外に飛び立つんだっけ?きょうこ8月13日からスウェーデンに行きます。私自身が経験したように、人が何かしんどい時に、人生で困ってる時に、サポートをすることの重要性をすごく知って、福祉をもっと勉強したいと思いました。あと、教職課程も取ってたので、教職課程の勉強をもっと深めたいなっていうので留学を決めました。特に福祉と教育が掛け合わさった、いわゆるしょうがいを持ってる子供だったり、大人に対する教育っていうのに関心があって、そこをしたいなっていうのが1点と、若者政策っていうのを勉強したくて。ユースワークとか、ユースセンターっていう言葉って、カタリバ、NPO、結構有名になってきたんですけど、12、3歳から高校生までを対象にして、放課後に集まれる場所や活動するところです。バンド活動をしたり、議論をしたり、そういったことができるような「余暇」を過ごせる場所みたいなのを、ユースセンターって言うんです。ひじりなんでスウェーデンだったの?きょうこスウェーデンでは、余暇活動を通して、民主主義的に自分たちで何かを決めたりしながらそのスピリットを学ぶことで、投票率が高くなったり、若者がアクティブに動いていくみたいなのに繋がってることを現地でちゃんと勉強したくて。ひじりえー、なるほど。その先に現代に対する不満、もしくはこうあったらいいなみたいなことはあったりするん?きょうこそうですね。私自身が、休学したことでいわゆる大学っていうメインルートから2回も外れるっていう経験をしたり、それ以前にも大学に落ちたりしたことで、どこにも所属してないみたいな時間が2年ぐらいあったんですよね。だからこそ帰属意識を感じられる場所と言いますか、そういう困っている時に、支援を受けられる場所みたいなのとかの、なんか不足っていうものをすごい感じて。特に日本では、そういったものが少ないなっていう風に感じたので、帰属意識を感じられる居場所を作りたいです。そういったサービスを提供できる何らかの事業をするとか、なんかそういうのが今やりたいなって思ってることではありますね。ひじり確かに若い人は1回レール外れると、繋がりって一気になくなるよね。俺も実体験あって、2年間海外にいて大学に帰ってきたら、友達は友達やけど、グループできてて入りづらくなったりとかはあった。しかも大分出身じゃないから余計行く先がないというか。きょうこそうですね。体調不良だったり、貧困が理由とかで休学する人とか、お家にも何か課題がある人とか、学校を途中でドロップアウトしてしまう人もいますよね。お家に事情があって進路に影響が出てる人とか、貧困で大学の学費が払えないから、風俗で働く女の子とか結構いるじゃないですか。そういった人が学校も失ってしまうと、精神的にちょっときついなってなった時に適切な支援を受けられる場所とか、経済的に困ってる時にこういう行政のサービス使えるよっていう、「情報を提供してくれるところ」がほぼなくなるんじゃないかなと思ってて。もう1度学校に戻ったりとか、違う進路に歩んでいくっていう、そのルートを作るのがすごく難しくなると思うんですよね。結論、もうちょっと方法ないんかなと思ってて。ユースワークで学ぶのは、多分13歳から18歳ぐらいまでの、いわゆる思春期ぐらいの子供たちが対象のことなんですけど、私が実際にやりたいのは、もう少し上が対象。私たちと同じ世代の、18歳から25歳ぐらいまでの社会に出る直前の人たちとか、社会には出たけど1回ちょっとしんどくなった人とか、そういう人たちに対して取り組みをしたいなって思ってます。ひじりそういうことをしていきたいっていう気持ちは、やっぱ過去の自分を助けたいって思いから来てたりもするん?きょうこ原点はやっぱり自分の休学経験もそうやし、もう1つは、高校生の時に記者になりたかった理由がそうなんやけど、ずっと関心があったドキュメンタリー制作を通して障がいを持ってる人たちを救いたいって思ってたことやと思います。最近はメディアみたいに間接的じゃなくてもっと当事者の方々と直接関わりたいなっていう風に思ってきてはいるんやけど。そういう風に困ってる人を後押ししてあげられるようなことをしたいなと思ってます。ひじり体調が悪いとかの理由で、休学もしくは退学しちゃった人って、1回周りの情報から遮断される時ってあると思うし、見たくないっていうのもあると思うんやけど。そういうときって、インスタ見るのも辛くなるよね。きょうこはい。1年間のうち、2、3ヶ月は消してましたね。ひじり情報も遮断されるし、助けてあげるよって言っても苦しんでる人も気を使うだろうし。どういうことができるんだろう。きょうこうーん、先行の取り組みとして、次どうしていこうみたいな状況になってる人に対して、①プログラムを用意するとか、②メンタリングサポートとか、③出入り自由の場所作り。この3つがいるんかなっていうのは思いました。SEKIYA.soに初めて来たのも、なんかそういう関心とすごいマッチしてたから来たみたいな感じなんですよね。ここは今めっちゃ頑張ってる人とか、やりたいことある人の背中押すって感じだと思うんですけど、そういう人だけが来るんかなと思ったら意外とそうじゃなくて。とりあえず興味あるから来た人とかもいて、いろんな人のハブになってるなと思ったし、誰でも来れる場所になったりとか、実際に事業やられてる人と喋ることで、それがメンターサポートになったりとか、意図せずともそういう場所になってるから場所のロールモデルとして勉強できるなと感じました。次章へとつづく・・・『コミュニティは不安を和らげてくれる痛み止め』